一般社団法人 HITキャラクトロジー®心理学協会

グランドマスター紹介 instructor

限りなく深い愛で育児と育自絶賛進行中 HeartInTouchビレッジのチャレンジャー
坂井素子(札幌)

坂井素子
ベーシックグランドマスター
子育てグランドマスター

1976年、北海道生まれ。5歳のとき両親が離婚、歳の離れた異母兄姉と父と別れ、母と妹との3人暮らしに。
小中高と人間関係もなかなかうまくいかず、高校生の頃から男性依存(恋愛依存?)に。
現在の夫と出会ってその状態から抜け出し幸せになったのもつかの間、出産後、自分をコントロールできない無限ループに陥り、心の底から愛する我が子への怒りの八つ当たりが止められず、自死を決めるーーー。

「かまってちゃん」だった過去

子どもの頃、すごくしつこくてウザい子だったと思います。母子家庭だったこともあるのかもしれませんが、とにかく人の注目を引くことに必死でした。小学校には友達がほとんどいなくて、学校の行き帰りいつも一人で歩いているような。中学生の頃は多分最強にウザかったと思います(笑)。

小学校のときの人間関係から解放されて、ドラマで見るような友達関係がこれで作れる! と思い込んでしまったんです。いわゆる「かまってちゃん」で、グループに入っては外されて、みたいな、なんとなくクラスの中でも行き場がないような感じです。部活もやっていましたが、辞めたいけど辞めずに3年間続けました。それは男子バスケ部と練習を一緒にやっていたからなんですが。

初恋も中学生の頃で、今でも夢に出てくるくらい本当に好きでした。最初で最後の、純粋なままの恋の相手です。

高校に入ってからも友達関係はうまくいかず、勉強にも熱が入らず、かといって部活も部活漬けになるのが嫌で入部したもののすぐに辞めました。私の興味がどこに向いていたかというと、男です。

生きるために掴んでいた「男性」の存在

学校もつまらなかったので、自分をかまってくれる人を求めて私の目は学校の外に向かいました。何人かの年上の男性と知り合うのですが、何も私がモテていたわけではなく(笑)どの人も、自己価値が相当低かった当時の私に見合った、それなりの男性です。
そうして出会った男性のうちの一人と付き合いだしたのが16歳のとき。12歳年上の人でした。

それ以降夫と出会うまで、「彼氏」だった人そうでなかった人含め、私に男性が途切れることはありませんでした。その頃の私にとって「性」というのは武器にほかならず、自分の体を使って男性を自分のものにしてきたんです。

そしてそれは、恋をしたいとか好きとかいうよりも、私にとっては生きるために掴んでおかなければいけないようなものだったように思います。だって、体と引き換えに、みんな私に優しくしてくれたから。

ただ、振り返ってみると、この頃関わりを持った男性が皆体目当てで私と付き合っていたわけではなかったことも、今ならよくわかります。自己価値が低く男性依存のようだった私と真剣に向き合い、根気よく付き合い、支えてくれた彼ももちろんいて。今はもう会うこともないけれど、彼らには本当に感謝しています。

高校を卒業後、いくつか仕事を転々とし、23歳のときに働きはじめた会社で入社したその日に一目惚れしたのが今の夫です。1カ月片思いをし、その1年後には入籍していました。

長女の誕生と、母の死

妊娠中は本当に毎日幸せで、生まれたての長女をこの手に抱いたとき私を満たした愛と喜びは他にたとえようのないものでした。幸せなママ街道まっしぐらのはずだったのに、子育てはうまくいかないことの連続で。

しかも長女の出産後間もなく女手一つで私と妹を育て上げてくれた母が亡くなり、葬儀の後少し落ち着いた頃に夫の転勤で知らない土地へ引っ越し。自分が何かおかしいと気づいたのはこの頃です。怒りをコントロールできないんです。

私はただ子どもを愛したい、それだけなのに、子どもへの八つ当たりをどうにも止めることができないんです。私はいいお母さんになれない。こんなに愛している娘を愛の中で育てることができない。幸せなママになるはずが、まさかの事態に私は悩み、もう、死のうと思いました。

死ぬことを決め、お世話になっていた知人にそれを告げると、「あなたが本気で自分を変えたいのなら、紹介できる人がいる」と言われたんです。
そうして紹介されたのが、美穂子先生でした。
30歳のときのことです。

美穂子先生との出会い

そのときにはまだ、美穂子先生も個人で活動されていて、まずは無料オリエンテーションということで初めて電話でお話しました。
実は私、最初はなんの期待もしていなかったんです。むしろ「あなたに私を救えるの?」くらいの、斜に構えていた感じだったと記憶しています。

でも、電話を始めて10分後、私は受話器を持ったまましゃくりあげて泣いていました。
この人についていこうって心の中で思いました。
それはなぜか? 美穂子先生が、私がずっと知りたかった答えを初めてくれた人だからです。

私はずっと、子どもに対して自分の愛の場所から接することができない自分のことを生まれながらにして愛のない鬼だと思っていました。常に怒りを抱え、感情のコントロールができないのは私の性格が悪いからで、もうどうしようもない、だから死のうと思っていました。
でも、美穂子先生は、そうではなく、それにはちゃんと理由があるのだということを教えてくれたんです。

私はこのオリエンテーションで、子どもへの八つ当たりが止められないという悩みを話しました。すると美穂子先生は、
「あなたはずっと、娘さんと同じようにお母さんの感情のお世話をしてきたのね。
だから娘さんも、同じようにあなたの感情のお世話をしているの。
人って、自分がされたことしかしてあげることはできないの。
だから、自分が子どもの頃されていないことを、子どもにしてあげることはできないのよ」と。

理由があったんだ。
しかもそんなシンプルな理由が。
知らなかっただけなんだ。体験したことがなかっただけなんだ。
まだ、私、頑張れるかも。やれることがまだたくさんあるかも。
この日、私は未来に希望を持ちました。

ただ、そこを知ったからといってすぐに変わるものではありません。それでも、私がなぜこうなのかという問いに答えを説明してくれる人に30年生きてきて初めて出会ったんです。何かあれば美穂子先生のセッションを予約すれば、話を聞いてもらえる。それは救いでした。20歳の頃からのリストカットをすることもなくなりました。

美穂子先生は私の話を肯定も否定もしません。ただ、私の話を聴き、私が持ち込んだものに対して寄り添ってくれる。10年近く定期的にセッションを受け続けている間に次女が生まれ、三女が生まれ、出会った頃は個人で活動されていた美穂子先生は、いつの間にか全国を飛び回ってヒーリングやキャラクトロジーを教える人気講師になられました。

新たなチャレンジ

ずっとセッションを受けて話を聞いてもらう一方だった私ですが、三女が生まれたあと、思い切って毎月札幌から東京まで美穂子先生のクラスを受けに通い始めたんです。やがて、以前は「できない」「無理」「できるわけないじゃん」が決まり文句だった私が、美穂子先生を札幌に招き、講座やワークショップを主催するようにもなりました。

今振り返ってみて思うのは、美穂子先生と出会い、キャラクトロジーを学びはじめてから、私は子どもの頃に体験できなかったものを体験しチャレンジを続けてきたのだなあということです。「育ち直し」をしてきたとも言えるのかもしれません。美穂子先生に限らず、出会う人すべてが私に新しい体験をさせてくれ、成長の後押しをしてくれました。美穂子先生には笑われるかもしれませんが、びっくりするほど成長したと自分で思うのです。

そして、一番の成長は、自分で自分の人生の舵取りをし、人生の主権が持てるようになったこと。被害者にならなくなったんです。いつも頭の中で「(誰かに)◯◯をされたからできなかった」という言い訳を自分にしていたのに、気づいたらそんなことが格段に減りました。「できなかった」のではなく「しなかった」と、自分の行動に責任を持つようになったんです。この差は本当に大きいです。

頭ではなく、ハートでする子育て

子どもたちとの関係も激変しました。関係が激変したというより、私の接し方が変わった結果、関係性が変化したといった方が正しいかもしれません。
あの日美穂子先生に言われた「子どもに感情のお世話をさせる」ことをしない努力ができるようになりました。

子どもの体験や気持ちに私の感情や心配をのせることなくそのままを受け入れ尊重する努力ができるようになりました。
子どもの話を聴くようになりました。状況ではなく、子ども自身のことを聞くようになりました。

うっかり昔の癖が出てしまっても、自分を責めるのではなく謝罪することができるようになりました。
長女は今、「昔のママはすごく怖かったけど、今は怖くない」と言います。(いいのか悪いのかわかりませんが。笑)
とにかく学び、それを目の前の子育てで実践していった結果、大事なポイントを押さえた関わり方ができるようになったんです。
昔の私はわからないことが多すぎました。今は、頭ではなくハートで子育てしている感覚です。

夫との関係の変化

夫との関係も変わりました。
私は彼と出会って本当に救われたと思っているのに、それでもやはり、どこかで自分の性を武器にしているところがあって、そのためかどこか心と体がちぐはぐな気がずっとしていました。
でも、キャラクトロジーをはじめ、SAS(セルフアウェアネス・スキル)など美穂子先生の開発したコンテンツを学び実際の生活の中でチャレンジし続けてきた今は、夫の愛の深さと懐の大きさに気づける自分になれたし、出会った頃から変わらず私に向けてくれている優しさと愛情を受け取ることができるようになってきました。多分以前の私は、夫の愛情の10分の1も受け取れていなかったと思います。受け取っていないのにもっともっとと愛を要求していた面倒な嫁です(笑)。
不思議なことに、受け取ることができるようになると、自分で自分を満たし、次の一歩を踏み出せるんです。自分としても、夫婦という二人三脚でも。

あんなに苦しかった子育てがいつの間にか楽しんでできる子育てに変わり、今では長女・次女・三女が私を取り合いするほどです。そんな女子4人に囲まれた黒一点の夫は、講座だワークショップだと講師として外に出る機会の増えた私が「知らない男性と会う機会が増えた」と、ちょっぴり心配しているようです。
長女の妊娠中夢見ていた幸せママ街道の行き着く先はこんな感じだったのかもしれない、と今思っています。

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公開日:
最終更新日:2019/05/21