ハートインタッチアワード

【エントリーNo.101】小玉 樹里「大丈夫、聴かせてください」《こころに触れる特別部門賞》

ハートインタッチアワード 心のレスキュー大賞

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「こころのレスキュー大賞」は、心に寄り添った/寄り添ってもらったことで人生が変わった体験談を通して、真に心に寄り添うサポートとはどんなものかを多くの方に広く知ってもらうことを目的に設立した賞で、毎年10月に作品募集を開始、12月のHITキャラクトロジー心理学協会のイベント〈Heart in Touchアワード〉にて受賞作品が発表されます。
Heart in Touch Award 2023

ハートインタッチアワード2023
こころのレスキュー大賞
《こころに触れる特別部門賞》

 

【エントリーNo.101】

小玉 樹里
作品タイトル : 大丈夫、聴かせてください

保健師の私と、とあるお母さんのお話。

「このお母さん、支援が必要です」と申し送りを受けた。
未婚の母。第一子の父との子を再び授かり出産したが、同居はしていない。
実家で、子ども達と、子ども達の祖父母と、母で暮らしていた。

助産師による赤ちゃん訪問の結果、
・産後うつの可能性があること
・子ども(特に第一子)への愛着が弱いこと
が分かり、私に支援の依頼がきたのだ。

同僚の保健師が
「ああ、そのお母さんね。知ってる知ってる。」と話す。
どうやら、第一子の乳幼児健診をほとんど受診せず、何度も受診を促した経過があるようだ。
「若いお母さんじゃないのに。言っても響かない、いつも感じの悪いお母さんだった。全然電話にも出てくれないの」

その話を聞いて「嫌な顔をされるのは、わたしも辛いなぁ。支援が難しい可能性があるなぁ。」と思った。

でも、すぐに思い直す。
考えても仕方のないことは、もう切り上げよう。
じゃあ、どうする?私に出来ることは何?

まずは、境界線をひく。
「言っても響かない、いつも感じの悪いお母さん」というのは、あくまで同僚の解釈。
わたしの今後の支援には、持ち込まなくて良いことと判断した。

次に、お母さんを理解したいと思った。
なぜ、健診に来なかったのか?
なぜ、感じが悪いと解釈されるコミュニケーションになったのか?
なぜ、上の子が可愛いと思えなくなってしまったのか?
なぜ、産後うつの質問票でハイリスクの点数が出たのか?
なぜ、パートナーではなく祖父母と同居しているのか?
一体誰が、お母さんを支えているのか?むしろ、支えてくれている人はいるのか?
専門職として予測することは大切だが、お母さん本人からお聞きしたいと思った。
人は、分かり合えないことが前提だ。分かり合うための唯一の方法は、会話。
ご本人に教えていただくことが大切だと考えた。

更に、課題を分離する。
もしお母さんに嫌な顔をされたなら、それに対して感情的になることには意味がない。
"嫌な顔"という表出をするのは、お母さんの課題。
私の課題は、お母さんがなぜ嫌な顔をしたのか?なぜ支援に拒否的なのか?私自身の在り方を振り返り、反省し、次の関わり方を考えること。
私に出来ることは、それしかない。

フラットな目線に戻って来られた、と思えるようになってから、お母さんに電話をしてみる。
活気のない少し疲れた様子の声色だったが、拒否はなく、すんなり家庭訪問の提案を受け入れてくれた。

家庭訪問をしてみると、お母さんは沢山の話をしてくれた。
「パートナーとは、はじめから結婚や同居をする気はなかった」
「両親は子どもの面倒をみてくれるけど、高齢なので夜は私が頑張るしかない」
「疲れてるのに、上の子が見て見てってしつこかったり、機嫌を取ろうとして『大好き』と抱きついてくることに、どうしても腹が立ってしまう」

そして
「上の子の健診に行かなくてすみません」
「祖父母と同居なんだから、私は恵まれているはずなのに。幸せだと思わなければならないのに」
と繰り返して、静かに泣いていた。

わたしは、傾聴と共感を支援とすることを決めた。
行政の保健師は、対象者に指導をすることを役割として求められることが多い。
しかし、お母さんの話を聞き
「恵まれているのに幸せだと思えない自分はダメだ。しっかりやれない自分はダメだ。そんな私は理解されない」
という思いがあると感じた私は、まずお母さんの理解者になりたかった。
「この人なら分かってくれるかもしれない」という段階を経ずして「この人なら助けてくれるかもしれない」「この人のアドバイスを聞いて見たい」とは思ってもらえないだろう。

目的は、信頼関係を構築すること。
その手段として、傾聴と共感を選んだ。
今は、指導を手段とする段階ではないし、ましてや手段と目的を混同し『お母さんをどうにか変えてやろう。指導しよう』とすれば、たちまち支援は拒否されるだろう。
相手は変えられない。私の在り方を変えることが唯一かつ最善の方法だと考えた。

傾聴と共感を続けながら訪問を重ね、少しずつ信頼関係が出来てきたため、
数週間後、第一子と第二子の健診を同時に受ける提案をした。
お母さんは「いっぺんに受けさせてもらえるんですね」と穏やかに了承してくれた。

しかし、健診には来なかった。
電話をしてみると「私の体調が悪くて…次はいつなら受けられますか?」と、次の日程で約束をした。

しかし、次の日程にも来なかった。
「上の子の体調が…」「今度は下の子が…」
と、繰り返される未受診。
電話に出ない日も出てきた。

自分の支援を振り返る。
私の自己満足になって、何か見落としていないか?
なぜ健診だけ拒否的なのか?
この数週間で何か変わったことがあったのだろうか?
電話では分からない変化があるのだろうか?

考えても分からない。
約束はしていないが、訪問することにした。

お母さんは、ドアを開けてくれた
「近くに来たので、お顔を見に来ました」
と話すと
お母さんは「相談したいことがあるんです!!」と言って、急ぎ足でリビングに向かい、下の子を抱いて戻ってきた。

下の子は、顔が真っ赤で、滲出液が出ていた。
ぐずり泣きをしている。夜もぐずって寝ないという。おそらく掻きむしり防止のためにつけられた白いミトンは、顔の滲出液で色が変わっている。
「友達が、ステロイドは良くないっていうから使ってないんです。予防接種も怖いと聞くし。小児科に行ったらステロイドと予防接種を勧められるだろうから、行くのも嫌で…。
どうやったら、顔を掻かなくなりますか?」

私は反省した。
ああ、だから健診を受けたくなかったんだなぁ。
指摘をされるから、怒られるから、
自分の選択を受け止めてもらえないと思ったから。
また自分に与える「ダメ」が増やされてしまうから。

私はその思いに、今この瞬間まで辿り着けなかった。
もっと早く訪問をしていれば、下の子が痒さに悶える日々も
お母さんが、下の子をあやして眠れない日々も、心配や不安に苛まれた日々も
少しでも短く出来たかもしれない。
反省したからこそ、私は今できることに集中しようと思った。

「可愛い♡大きくなりましたね〜!会えて嬉しいよ!」
という言葉が自然とわたしの口から出て、自然と微笑んだ。

お母さんは
「可愛いって言ってくれるんですか?」
と大粒の涙を溢しながら言った。
「友達に言われたことを信じたら、こんな風になっちゃって。この子を苦しませてしまった。でも、こんな顔で病院や健診に行ったら、虐待していると思われるだろうと、怖くて。
すみません、健診に行けなくて。
来てくれて、ありがとうございます。」
と、今まで蓋をしてきた不安や感情を手放したようだった。

やっと、真に心が通じた瞬間だった。

私は「大丈夫」と言い、健診に誘った。
私が健診に付き添うこと。
健診スタッフや医師に、事前にお母さんの心配事を伝えておくこと。
何より、これほど子どものことを心配しているお母さんに、虐待のレッテルを貼らないこと。
を伝えると、了承してくれた。

約束の日に受診し、
お母さんと医師で話し合い、ステロイドの治療を始めることになった。
予防接種も、いくつかは打つことにしたそうだ。

程なくして、下の子の肌は回復し、痒がることも減っていった。
母子共に、夜はよく眠れているようだ。
そしてその頃、上の子にもイライラしなくなったと、お母さんが微笑みながら話してくれた。

お母さんがこうして笑えるようになった頃、私の人事異動が決まった。
違う建物で、違う業務をする。
つまり、後任に引き続き、お別れをするということ。

お母さんに伝えると、声をあげて泣いていた。
でも、お母さんの口から出たのは
不安や悲しみではなく
「ずっと話を聞いて、受け止めてくれて、ありがとうございます。
あの時訪問してくれて、ありがとうございます。
救ってくれて、ありがとうございます。」
という言葉だった。

初めて会った時「健診に行かなくてすみません。幸せだと思えない自分はダメだ」と泣いていたお母さんとも
「子どもに辛い思いをさせた。虐待だと思われるのが怖い。」と泣いていたお母さんとも
違う涙だった。

「お母さんの力ですよ。私はほんの少し、お手伝いをさせていただいただけです。」
と、本心を伝えて、最後の挨拶を終えた。

心の痛みに苦しんでる人が、笑顔を取り戻すために。
支援者はどのように寄り添い、サポートするか。

たくさん失敗し、たくさん悩んできた保健師人生。
誰かの人生に携わらせていただく職として、大切なことを学んだ、関わりとなりました。

このエピソードの中で、あなたは何によって癒されたと思いますか? : 会話

 

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