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【エントリーNo.135】 清水 泰子 「2022年10月clubhouseでの体験から」

【エントリーNo.135】

清水 泰子
作品タイトル : 2022年10月clubhouseでの体験から

10月 clubhouseでルームを開くことに挑戦したい私がいました。
キャラクトロジー関係者以外のルームへはほとんど入ったことがなかった私は、まずは興味のあるタイトルのルームを訪問することから始めました。

ある時、あるルームで一人の女性からメッセージが飛んできたのをきっかけに、やり取りをするようになり、しばらくして一緒にルームをやらないかと誘われ、私はその誘いを快諾しました。

clubhouseで出会ったその女性のことを、アイコンの写真とプロフィール、声や話し方しか知らずに関わるようになったのですが、その時の私は、彼女のアイコンの写真に好印象を感じ好感を持っていたし、彼女と話すのが楽しくて繋がれたことに嬉しいと感じていました。

それから間もなく、一緒にルームをやる前にZOOMミーティングをすることになりました。
お互に顔を見るのが初めての機会となったZOOMが繋がった瞬間、私が彼女に感じたのは「あ!私、この人無理かも!!」という感覚。
雰囲気も話す時の姿勢や態度も、そしてエネルギー的にも「無理!!」という拒否反応を感じながら、でもそこはその感情を押し込めて、「初めまして」の挨拶をしていました。

ZOOMには彼女の他にもう一人、彼女の弟子?後輩?という女性が居て、私を含め3人でのミーティング。
拒否感覚を持ちながらも話しが進み、「一緒にルームをやる」という話だったはずが、「私があなたを独り立ちさせてあげる」という言葉が飛び出して、ルーム未経験の私に「まずは、私たちに任せてくれればいいから」と言われ、私は完全に主導権を明け渡してしまう形になっていました。

そうして開催当日を向かえ、ルームを終え、聴者もそれなりに来ていて順調に終わったかのようでしたが、ミーティングでの内容とはまったく違う方向へと流れ、私と彼女が「一緒に」でも「私のため」でもなく、終わってみれば「彼女自身のため」のルームになっていました。

ルームが終わった後、次回に向けての反省会の場を持った時、私は私が感じた違和感や私が望んでいた趣旨とは違ったことを彼女たちに伝え、趣旨が違うという理由で次回の参加はないことも伝えました。
(キャラクトロジーで学んだバウンダリーのおかげで、NOを言えるようになっていた)
いくつか提案が出されましたが、私の意志は変わらず、少し気まずい空気を残したまま、そこで終わりになりました。

それから数日を過ごす中、私は何かモヤモヤした感覚を持っていました。
終わりになった彼女たちの事が気になり、このまま離れてしまうことへの不安な思いや、なぜだか彼女たちを追いかけたいような感覚があることに気が付きました。

このモヤモヤはなんなんだろう。。
この時ちょうどセルフアウェアネススキル(SAS1)の学び途中にいた私は、ワークの題材にもってこい!と思い、SASスキルを使ってこのモヤモヤをみてみることにしました。

そこから見えてきたもの。それは、、、
3~4歳の頃の夏、家族で海水浴に行った時のこと。

空気で膨らむボートに乗った私を、父が海の深い所まで引っ張って遊んでくれていた。
すると父がボートに海水を入れてくれようとボートの1か所を手で押さえた瞬間、小さなボートはバランスをくずし、ひっくり返って、私は海の中へ落ちたのです。
何が起きたかわからず、ただ沈んでいく海の中で、苦しさと恐怖にもがき、ジタバタし、死の恐怖を無意識に感じ、頭が真っ白になって混乱しただろう情景が、閉じた瞼の裏に映し出された。

その瞬間父は咄嗟に、ただ感覚に任せて自分の腕で海水をすくうように動かした所に、偶然私は乗っかり、その父の腕にしがみついて海面に上がった。
父の腕につかまりながら、手で顔の海水を拭い、必死に息をしながら大泣きする私。
父はその私を見ながら笑っている。
砂浜から見ていた母も、笑っていたように私には見えた。

私は死にそうなって必死なのに、父は事なき終えて笑っている。
そんな父に馬鹿にされた感覚と、同時に感じた、怒り、狂気、殺意を、
まだ小さかった私は、父親に「そんな感情を感じてはいけない」「そんな感情を持ってはいけない」と、無意識にそれを感じないように止めた時の体感覚を身体が記憶する。
体感覚とは、この時は胃がギュッとなったり、背中、首、肩に力が入り、喉にもギュッと力を入れて締め付ける感じ、そして言葉を飲み込む。頭が真っ白になって一瞬呼吸を止める感覚。

そして死ぬかもしれないと思った恐怖を「誰もわかってくれない」と感じた孤独の感情。
そこにあった痛み。
それを今大人の私が知った時、それはとてもとても痛い。

次にこの溺れた時の状況を、今の大人の意識でもう一度みてみる。
・父は私と楽しく遊んでくれていた。悪意はなかった。
・父の目の前で子どもが海にポチャンと落ちたとしても、父からは私が見えている。
・父が私を見えていたとすれば、この状況で死ぬことはない。

大人の目線で見た感覚と、子どもが感じた感覚は、こんなにも違う。
子どもは、大人が予期できない受け止め方をして、ここに大きな誤解があることがわかる。

父の腕にしがみついた私と、私を抱えている父は、全く違う感情を持ち、この時の誤解が、「私が伝えてもわかってもらえない」という状況を創り出そうとする。
馬鹿にされたと感じるような体感覚を持つ状況を引き寄せてしまう。
という事が私に起こっていたのです。
あの時父のことをすごく憎んだり、大嫌いだ!と思いながらも、子どもにとってよりどころは父の腕しかなかったから、そこにしがみつくしかなかった。
嫌な奴なのにしがみつくしかなかった。だってこの手を離したら死んでしまうから。

だから、自分を馬鹿にしたり、上からものを言ったりする人がいなくなろうとすると、しがみつきたくなる。
これがclubhouseで出会った彼女のことが気になって、追いかけたくなるという現実を創っていたのです。

ここで、小さな子どもの頃の体験に気が付いてあげることができたので、自分の中にいる子どもの自分に寄り添ってあげる。
「死んでしまう!」と言っている子どもの自分に、「あれは怖かったね」「こんなに怖がっていたあなたに、大人の私が気づいてあげられなくてごめんね」と寄り添ってあげる。
そして「もう大丈夫だよ」って、しっかりとその子を抱きとめてあげる。

ここでもう一度、あの時に戻ってみる。
子どもの私が、あの時お父さんにして欲しかったのは、もっと優しく安全に遊んで欲しかった。
そしてお父さんは、私を馬鹿にして笑っていたのではなかった。
溺れた私のバタバタする様子が、きっと可愛かったんだろう。
そこには父の愛があった。

これからは、怖い時には大人の私が一緒にいるからね。
もう一人にしないよ。

私はわたし、あの人はあの人。そこにバウンダリーを引く。
だから離れても大丈夫。
これからは、自分の足で立って自分で選択する。

このエピソードの中で、あなたは何によって癒されたと思いますか? : セルフアウェアネススキル

【作品応募者について】
どんな職種・お仕事をされていますか? : 経理、事務

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